映画「黄昏」 |
閣議決定された来年度予算案の新聞記事をみていると、社会保障の解説のところで、「現役世代」、「高齢者世代」という表現が二つも三つも出ていました。
厚労省の説明を鵜呑みにしているのでしょうが、「現役世代」には高齢者の医療や年金の負担を重く感じさせ、「高齢者世代」には肩身のせまい思いをさせて医療、年金をがまんさせる―意図的な分断策の片棒をかついでいるとしかおもえませんでした。
そもそも「世代」で分けるという考え方がおかしい…。
だれだって、歳をとると、必ずおじいちゃんか、おばあちゃんのどちらかになります。高齢者医療も年金も、どこかのお年寄りのことではなく、自分のこと、一人ひとりのライフサイクルの問題です。だから国民全体で費用を負担するのは当たり前のことなのです。
政府が「世代間対立」をあおるのは、医療や年金への公費負担を削るためのトリックにすぎません。そこには社会保障の思想もなにもない。あるのは、貧して鈍したそろばん勘定だけです。
こんな頭だから、さらにとんでもないことを打ち出そうとしています。
年金の支給額を減らしたうえで、さらに支給開始年齢を68歳~70歳に引上げる方向。理由は、「お金が足りないから」。 じゃあ、さらに「お金が足りなくなれば」、75歳から、80歳から…と引き上げていくのか。もはや年金というより、古希や米寿のお祝い金です。
さらにわけがわからないのが、外来受診のたびに、窓口で100円払う、「受診時・定額負担金」。さすがに与党内でも反発が強く、断念したとのことですが、いつ復活してくるかわからない。
応能負担もへちまもなく、たんにお金を集めたいだけの発想。まるでお医者さんに行くたびに、国にカンパをとられるようなものです。カンパというのは、最初は「お気持ちだけで結構です」というが、そのうち図々しくなって、「できれば、音のしないお金を」となるものです。導入されれば、100円が300円、500円…1000円となっていくのは時間の問題でしょう。
こんなの社会保障っていわない。いま必要ななのは、お金がないからと社会保障を崩壊させるのではなく、社会保障を守るためにどう財源を確保するかを真剣に考えることです。もちろん、消費税ではなく。