おととい、埼玉県羽生市におられた入江金さんというおばあちゃんが、94歳で亡くなりました。
ご高齢にもかかわらず、羽生から大宮まで、わざわざ私の街頭演説を聞きに来てくださったり、はげましのお手紙をいただいたりしました。
金さんは、若いころから、世の中よくなれと願ってこられた、共産党員でした。お通夜で飾られた写真は、青空を背景にした明るい笑顔で、「さよなら。あんたはもっとがんばりなさい」とおっしゃっているようにおもえました。
人はみな、いつかは命を全うするものだけれど、やっぱり、さみしい思いが残りました。
家に帰って、本だなから、絵本「でも すきだよ、おばあちゃん」(スー・ローソン文、柳田邦男訳)をひっぱりだしました。
認知症で、自分がだれかもわからないおばあちゃん。それを見つめる孫の少年。
少年はいいます。「それでも、おばあちゃんは、おばあちゃんだから。ぼくはおばあちゃんをいつまでもわすれないから」―かつて少年を愛したおばあちゃんは、いま知らないところで、少年に愛されているのです。
キャロライン・マガールの水彩画も、おだやかでぬくもりがあります。