絵 あべ 弘士 |
昨日、友人が、「竹中平蔵氏が、ツィッターで、大門さんのことを話していたよ」と教えてくれました。
家に帰ってグーグルの検索で見つけたのが、10日ほど前の竹中平蔵さんの「つぶやき」。
“ 参議院の委員会で共産党の大門氏が『増税のまえにやるべきことがある・・』ではなく、『やるべきことをやれば増税は必要ない・・』、と述べた。大門氏と私では『やるべきこと』の中身は違っているが、『今回の増税必要なし』はまことに正しいと思う。大門氏と参院で論戦したことを懐かしく思い出した。 ”
わたしも、竹中さんが小泉内閣の「看板」大臣だったころを思い出し、懐かしくなりました。
わたしが初当選したのが2001年1月(繰り上げ当選)。その4月に小泉内閣が発足し、竹中さんが経済財政政策の担当大臣になりました。
財政金融分野の担当であることから、否応なしに竹中さんと対峙せざるをえなくなり、2006年かれが大臣を辞めるまで、50数回、議論を戦わせました。
当時、参院自民党は「抵抗勢力の牙城」でしたので、反「小泉、竹中」ムードが強く、わたしが竹中大臣とやりあうと自民党席が喜び、「いよっ、竹中の天敵!」などと声が飛びました。
竹中さんとは政治的立場は正反対でしたが、いつもお互い正面から論戦をするという清々しさがありました。