2012年5月6日日曜日

絵本のすすめ39-「綱渡りの男」













    高校生のころ、もっとも強い影響を受けた本は、大江健三郎さんの「厳粛な綱渡り」。戦後日本人の生き方やモラルについて深く考えさせられると同時に、タイトルの持つ冒険の香りに魅了され、万事、「綱渡り」気取りで、挑戦的な日々を過ごしたものでした。
  モーディカイ・ガーステイン作の絵本「綱渡りの男」(小峰書店)は、そういう若者の恐れを知らぬ冒険心をたんたんと描いています。ただし、綱渡りの場所は、ニューヨークの世界貿易センターのツインタワーでした。















   1974年8月7日、若きフランス人、フィリップ・プティは仲間の力を借りて、ニューヨークの世界貿易センターの二つのタワーのあいだに綱を張り、綱渡りを始めます。警官に「逮捕するぞ」とおどされても、綱の上にいるかぎり、フィリップは自由でした。
   「ああ、楽しかった」、そう思うと、ようやく彼は屋上にもどり、待ち受けた警官に両手をさしだしました。フィリップは逮捕され、裁判所に連れて行かれます。裁判官が言い渡した判決は、「街の子どもたちのために公園で綱渡りをすること」でした。

   2001年の9・11テロで崩壊したツインタワー。ガーステインは、「むかし、2つのタワーがならんで立っていました。高さは、どちらも400メートルほど。ニューヨークの街でいちばん高い建物でした」と、静かな口調で物語を始めます。そして最後をつぎのように結んでいます。
   「ふたつのタワーは、いまはもうありません。でも、人々の記憶のなかには、ふたつのタワーは、空にきざみつけられたように、くっきりと残っています。フィリップ・プティがタワーのあいだを歩いた、あの素晴らしい朝のことも」