2012年1月23日月曜日

乱読のすすめ40-知識人って、なに?

故 加藤周一さん













   学生時代、加藤周一さんの本と出会うまえは、「知識人」ということばが好きではありませんでした。特権階級的な響きもして、なにを偉そうにと、むしろ嫌悪していました。


   しかし、加藤さんの「羊の歌」(岩波新書)や小説「神幸祭」などの著書を読んで、地面に足をつけて思索する知の巨人、本物の知識人がいることを知り、畏敬の念をいだきました。

   戦後日本を代表する知識人であり、「理」の人にして「情」の人といわれた加藤周一さん。そんな加藤さんが遺した生のことばをまとめた最新刊が「ひとりでいいんです」(講談社)。このなかで、加藤さんは、知識人について、つぎのように語っています。










     「戦争という現象がなぜ起こるのでしょうか。知識人と大衆の関係からいえば、反戦の知識人が大衆から孤立することが、戦争への道を開くひとつの条件ということができるでしょう。…私がここでいう知識人とは、いわゆる『インテリ』、つまり、たんに教養がある、知識があるという条件を満たすだけではなくて、サルトルのいう、国家や社会体制がまちがっているときに『異議申し立て』をする人という意味で使っています。真の知識人であれば、たとえ孤立しようと、われひとりになろうと、戦争に反対すべきです。その意味で、知識人は本来的に、個人主義者であるべきです」

   そしてフランスの哲学者で女工も経験した、シモーヌ・ヴェイユを例に、「思想は体験から出発する」と言い切り、日本の戦時中に転向した知識人たちの弱点は、理論信仰に陥り、実感と理論が分離していたことにあると指摘しています。

   さらに加藤さんは、憲法の時代的な位置づけについても、以下のようにのべています。
   「…反戦の知識人と大衆が紐帯(ちゅうたい)を保ち、抵抗することが必要です。…戦後は、社会のなかに「個人」を成り立たせる、さまざまな組織・運動・制度があり、「個人」が尊重されるようになりました。それを「民主化」といった。しかし、高度成長期を経て、冷戦崩壊後、次々にその拠点が失われているのが今日の状況です。私は、その最後の拠点が、日本国憲法だと思います」

   加藤周一さんが逝って、三年。消費税増税、原発温存、国会議員の比例定数削減による改憲勢力の議席独占の策動…まさにくらしと平和の危機が到来しようとしています。2012年の日本の状況について、加藤さんが生きておられたならば、なんとおっしゃるでしょうか。